アフリカとの出会い56 みんなのマイト アフリカンコネクション 竹田悦子 |
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Wakia maito? Wakia wa? 主人はキクユ族。ケニアの中で、一番人口の多い最大部族だ。彼のふるさとで最初に覚えたのがキクユ語の挨拶。英語では“How are you?”、スワヒリ語では、“Habari gani?”(発音はハバリガニ)、いずれも「お元気ですか?」「元気です」という意味の基本的な挨拶の言葉だ。しかし、キクユ語は複雑だ。挨拶する相手がだれかによって挨拶の言葉が代わってくるのだ。 お母さんに挨拶するときは、キクユ語のお母さんを意味するmaito(発音はマイト)、お父さんは、wa(発音はワ)。おじいさんは、showa gui(発音はショワグイ)、おばあさんは、cucu(ショウショウ)と呼び方も少しおもしろい。というように、相手が誰によって挨拶の言葉が違っているのだ。暫く滞在すると、すぐに口から出てくるようになるのだが、慣れないうちは本人を前にして頭が混乱し、なかなか出てこない。 私は、挨拶の言葉の豊富さからキクユ語やキクユの文化に興味をもった。キクヨ族は、国境が決められる前から、ケニアが国として独立する前から、民族としての言葉を持ち、文化を持ち、歴史を持ってきている。 例えば名前の付け方もとてもユニークだ。キクユ族の夫婦は、子供の数の話になると、よく「最低4人は欲しい」と言う人が多い。その理由には訳がある。 子供の名前は一般的に、長男には夫側の父親の名前をつける。子供からすると、自分のおじいちゃんの名前を継ぐことになる。次男は、母親のお父さんの名前をつける。長女には、夫側のお母さんの名前をつけ、次女には妻側のお母さんの名前をつける。つまり子供達は自分の祖父母の名前を継ぐことになる。夫婦それぞれの、両親の名前をつけるために子供は最低4人欲しいというわけだ。 キクユ族は、先祖からのつながりをとても大切にする。その理由の1つが、クランと呼ばれる、血族のつながりを持つ親族の集まりを意味する伝統集団があり、9つのクランがあるといわれている。そのいずれかにそれぞれの家族や個人は属している。キクユ族は、名前から、住んでいる地域から、その人がどのクランに属するかなどの推測が可能らしい。 クランは土地を所有し、男の子に土地を分割してきた。女の子は、結婚して家を出るのが普通なので、土地の相続はない。しかし、おもしろいことにキクユの伝統宗教の神(ガイ)は、9人の女の子を最初の人類に授けたとしている。しかし、それでは十分ではないと思った神はもう1人男の子を授けた。それが、キクユ族の男性の始まりとされている。 男の子の価値は、今でもとても大きい社会である。土地を世襲し、将来は、“elders”(エルダーズ)と呼ばれる地域のリーダーになっていく。このリーダーになるには、地域の人に、推薦され、承認される必要がある。世襲制ではなく、年齢でもなく、その人の人徳、人柄、知識などすべてが考慮され、まさに誰からも尊敬される人が選ばれるのである。 しかし女性は結婚し子供を産むと母、つまりMaito(マイト)と呼ばれるようになり、その地位はすごくあがる。地域の人々も尊敬を込めて彼女をMaitoと呼ぶようになると、マイトは、自分の子供だけのマイトではなく地域すべての子供のマイトになるのだ。キクユ族の農村を訪ねると、どの家でも、その家のお母さんが温かく迎えてくれる。その姿と振る舞いは、あたかも自分のお母さんではないかと感じることがある。もてなすというよりは、お世話をしてくれるという感じなのだ。 マイト達は家での仕事に誇りを持ち、その仕事もまた尊敬されている様子が見て取れる。そして地域のすべての子供達は、どこの家のお母さんも自分のお母さんだからどこにいっても喜んで手伝いをするのだ。友達の家に遊びに行ったのに、友達のお母さんに、水汲み、家畜の世話、子供の世話をいろいろと言いつけられたりしていることもある。しかし、地域のすべての子供達は、地域にいるすべてのお母さん達を慕っている。「共食」という言葉がある。食べ物を共に食すという意味だが、「共食文化」が当たり前のキクユの地では、自分の子供や夫がどこでご飯を食べたのか把握しないお母さんもいる。何故なら、自分の家族がどこのお母さんの所で食べようと自分のお母さんという感覚があるからだと思う。 最近本土に上陸した台風15号。近所でも被害に遭われた方がいた。1人暮らしのかなり年配のおばさんの家の屋根のトタンが飛んでいってしまった。植木も倒されて、庭も大変な状態だ。おばさんが、もし今、キクユの村にいたらと想像してみた。 彼女が気付く前に、彼女のことをお母さんと思う子供達の手で、そのトタンは元に戻され、倒れた植木も片付いているだろう。 私のマイト、思い出すだけで数百人。困ったことが起きたとき、心配なことがあるとき、必ず思い出してしまう。その存在が、とても懐かしい。 アフリカとの出会い目次へ トップへ |